わらじ屋のおばぁちゃんのつれづれ日記 05−12

平成18年    
12月28日

 去年雪に振り回された暮れとは大違い 温かいこと
 雪つりの縄が雨にぬれている
今朝は 正月明けのおじいちゃんの命日を繰り上げ お経を上げてもらった お香と灯明  正信偈を一緒に唱え やり忘れたことが なんにもないような 清々しい気持ちになった
友人が送ってくれた 高知の乾燥芋を入れたヘルシーお餅をつく 甘くて美味しいスウーイッになる
主人はバイク雑誌を見ながら 子供の粘土遊びのような私の餅つきを手伝ってくれる
 あと3日で今年も終わる 余りの速さに 何があったのか このあいだくらいのことしか思いだせない
この日記をたぐってみる 家族 楽しい仲間 わらじ屋のお客さん みんなのおかげで 今年も1年 楽しく無事にすごすことができました 
12月はじめ 息子の東京でのミニミニ作陶展があり 案内状をだした
わらじ屋のお客さんが来て下さったと喜んでいた 忙しい中 便もわるいところなのに出かけてくださった あの方 あの方も ちいさな坊や達も一緒のあのご家族 いつもの母娘さん あの時の社長さん 本当にありがとうございました
ありがたく 嬉しいことでした 
新しい年も 健康で無事に  こころ楽しい年で有りますように・・・ よいお年をお迎えください  

            

              
一昨日 紫梟窯の近く ビューポイント 右に御岳  左には笠ヶ岳 槍も一望

12月16日

 子供の頃 今時分は 近づく正月がうれしくて 毎日が楽しかった
めったに行くことのない下町の本屋さんには 付録ではちきれそうになった少女ブックが もう並んでいるだろうか
クリスマスの枕元には 裏がぬくぬくとしてあったかい うす桃色の下着と 母が包装紙で作った大きな三角の形をした袋に 小分けしたベビーフライのビスケット それに 待ちにまった少女ブックがおいてあった
28日は餅つき 父と母と 中学生の兄も一人前についた餅が いく臼も部屋に広げてあった
あれだけの餅をよく食べたものと驚く
30日は いつも気難しく おっかない父が神棚の準備 かんねつな仕事は家中ピカピカ 本当にお正月様が来るものと思ったものだ
元日だけは 父がつくった雑煮を食べ学校へ いただいた寿ぎの紅白の饅頭は少しの間仏壇へ 得意げに切り分け家族に配る 最後まで食べない母の一切れは また子供の数に切り分けられた
かるた絵に出てきそうな三河漫才が 謡い 鼓を打ちながら入り口に立つ
たいがいは表だけで次の家へいくのだけれど 長屋なりに表通りの我が家 父は家に呼びいれ 一杯振舞いはずむ 小判や積俵の松飾りの下で 二人の掛け合い漫才は うちじゅうを幸せにしてくれ 狭い家は福袋をひっくりかえしたよう 賑わしく隣へいく漫才師を弟とおっかけるように送る 小さな弟は母のひざで目をくりくりさせていた 婿入りの父の正月のはりこみ しあわせを絵に描いたような正月がありました

                   

12月2日

 今年最後の月に替わった 新聞の日付と カレンダーの予定と照らし合わせ 今日を確かめるような安穏とした日々 以前は 月々に色があるように ついたちになるとかすかにフレッシュな気持ちがしたのに・・・
主人は 2~3日かけて 庭の雪囲い・雪掻機・凍結防止・総て準備完了 完璧!! 助かる~
息子に 「お父さんが出来なくなったら、やらんならんよー」 「あぁ」
 物事の見方 仕事の仕方も違う ジェネレーションの差ばかりではない父子 主人が首をかしげるたび  私に似たんでしょう 
今に 見てなさい 大ブレークするからと ものづくりを仕事にする二人の息子を気長に楽しみにしている 
最近 息子が古い改造オートバイを手に入れた ネットで見た途端 父子はじめて意気がピッタリ 小牧までとりに出かけたそのバイクは サビが出ていて息子をガッカリさせたのに 二人は春までのバイク再生にのめりこんでいる 部品をネットで手に入れる まるで蜜月のカップルのように楽しくて楽しくて仕方がないようす
ガレージには タンクとタイヤがはずされたバイク 座敷にはシートの上にピカピカに磨かれたパーツ 息子の部屋は足の踏み場もないほど 広げてある それなのに主人は いつもの 「散らかっている」 の一言もない
笑えてきた 余程面白いことなんだなー 男というものは あんなことには 子供も 大人もないんだ
主人は あったかくなった頃 長男とツーリングにいくのを楽しみにしている
かっこよく 美しく変身したバイクと主人のピカピカのトライアンフが  ならんで出かける日 私の楽しみがまたひとつ増えた それに東京で忙しく働いている下の息子がドカティで一緒に走れたら サイコウ!!

             

わらじ屋のおばぁちゃんのつれづれ日記 05−11

11月16日

 術後 2日目 目がざらつき うるうるしていた 看護士さんが眼帯を無造作にとってくれた
目からウロコ  私の周りはクリヤー キラキラ輝くクリスタル 竜宮城を見たような瞬間だった
何だか 説明してくれていたのに耳に入らず 「もう一度お願いします」
「順調ですよ」 先生の声がまことにやさしく聞こえた
 この秋一番の快晴 空の青さ とにかく緑が美しく 嬉しくてうれしくて
このお天気に洗濯物を干さずにおられない
調子にのっていたら 妹から もう一日くらい静かにしているように電話 目は使わず 口と耳との長電話をした
それでも 青い空とさし込む陽射しが嬉しくて 縁側で一人のティータイム そういえば この家を建ててはじめて・・・ 廊下の角においてあった ロッキングチェアーに腰かけ ここちいい暖かさに ゆっくりコーヒー
肘掛は 右も左も すっかり色がかわってしまっていた
結婚した時 二人でゆらゆらテレビでもと 主人が買っておいたもの ひとつは友人にあげたけれど 小牧・博多・東京・横浜と 一緒に転勤し 単身赴任のあいだも 主人とずーっと一緒 定年で主人と共に高山へ帰り この廊下の角にずーっといた
「 ありがとう 」 をいい忘れていた
しっかりした造りの このロッキングチェアー  たいしたものだ

        

11月6日

 授業中は眼鏡をかけなさい と言われたのは 中学1年生の時だったとおもう  母なぞ 栄養が足らないのかと 私だけに 細い串にジャバラになった 干したやつめうなぎを暫く食べさせてくれた とてもおいしいもので 目が治るかと喜んで食べた 新町あたりから ほっかむりをしたおじさんが 時々売りにきていた
 結構値段のするものらしかった 裏口で 母がやつめうなぎを買っている姿や味を覚えている
 ただの近眼なのに 暫くおいしいめにあった
それからの長い付き合いの近眼鏡  横丁の一番奥 腰が曲がっていないのに 魔法使いのような 木のコブのついた杖をつき いつも子供達のイタズラに 小言をいうおばーさんが 母にいっていた 「 男は三分あがり 女は器量が3分下がる おしいこっちゃなー 」 同情どころか ハンコをおされ  中学 高校と眼鏡はうっとうしく カバンの中にあった  今思えば 人が目から簡単に理解することも手目取り よく人違いをし なるべく近くになるまで伏し目勝ち ってなことで 小心者  誤解も受けたようだった  
主婦になれば 自分のエリアが多く 余り感じなかったけれど 子供を持ち しっかり見ることの必要に 常時装着とあいなり 今日まで いくつの眼鏡のお世話になったことか
時代とともに 色んな眼鏡に取り替えた 顔半分もある フィンガーファイブ風 レンズを半分染めたり ゴールド・ シルバー・はては かどっこに芥子粒のような赤い石のついたのもある どんな眼鏡も 悲しいことに近眼では 試着の眼鏡姿がはっきりわからず 眼鏡屋の鏡を覗き込んだものである  
とうとう 画面に顔写真を取り込みデザインするとこまで進歩し 縁なしの眼鏡が出来上がって 大層喜んだ
その眼鏡が何となく見づらく 作り直すことにした 視力は上がらず それでも また替えた 一寸はりこんで
ピンクゴールドの軽いもの 気に入ってはいたけれど なんだかボヤける
目医者に行った なんと白内障 手術ということになった 
日帰り手術で簡単になり 明るい視力が戻るそうな どんなになるのだろう
ほとんどの眼鏡は捨ててしまったけれど 最近だけでも いくつかはある 鏡台の前の眼鏡塚

                                         

わらじ屋のおばぁちゃんのつれづれ日記 05−10

10月26日

 一人暮らしが出来なくなり 誰も住んでいない母の家 ベルの鳴ることのない電話 スイッチの入ることの無いテレビ ガスも止めてしまうのが偲びず ずっとそのままにしていた
南風園にも慣れ 若い看護士さんや 先生達とそれなりに暮らしていてくれる
つつましく暮らしていた母のことを思うと 基本料金だけでも無駄だと 手続きをすることにした
返信用の封筒を投函しようと店をでた 風もないのに 柏の葉がフワリと足元へ カサッと小さな音をたて 動かなくなった  
表参道の三枝さんの蔵の横に いつも囲ったようにして古いポストがある
最近その ポストの手前におしゃれな子供服の店ができた まだ開店していなかった
小物の並んだウインドウをみた 真っ赤な まっかなポストが目に飛び込んできた
お日様の光をいっぱいに 懐かしいポストが胸をはって立っていた
ホントに 可愛い 初々しい赤い色をした ポストに預けた  いそいでカメラを取りに帰り 撮っていたら
「 蔵を直すから・・・・」 と 三枝さんいぶかしげ
子供のころ 背伸びをして入れた葉書 ポトンと小さな返事があった
あの 母にたのまれた一枚の葉書 えらい大事な手伝いをしたように思ったものだ

                      

10月20日

 仲間12人 バスに乗り込み みちのくへ めいっぱい四日間 松島や 中尊寺  名所旧跡はもとより八幡平を歩き 駆け流しの湯と秋の山を楽しみました
飛騨の紅葉とは違う みちのくの色は イーハートウ゛ 賢治の世界が山すそまで広がっていました
刈り田には みみずくの子のような 稲穂で作った ハサが 可愛く 縦になり 横に並び 輪になり 童話の世界そのもの トトロもここでうまれたのかも・・・・
乳頭山を眺め 山を下りながら 絵のような夕日に出合った ここに住む人達だけの美しい一日が終わる 深い色をし 語りかけるように沈んでいく夕日を惜しみ 期せずしてカウントダウン しばし すべての音も消え 時も止まったよう
藤七の湯に浸かり 満点の星を仰ぎ 雲海から昇る朝日をむかえた 素晴らしい旅でした

      
                          山楽会 会長の写真集より 

                                              
                                               
10月10日

 今年の八幡祭りは 素晴らしいお天気 布袋様のからくり見物も最高の日和でした 
 
         
                    
夕日を浴び 祭りの最後 納めの獅子舞

                   
                                  
わらじ屋へ 飛び込む 獅子舞

10月6日

 丑三つ時 草木もたたき起こされるほどの大雨 朝になっても衰えず ガッカリ 岩戸のような雲に日も月も閉ざされた6日 紫梟窯での 茶楽の会 庭の一番奥 赤くなりはじめた紅葉と 手前の石をライトアップすることに決め 照らした バッチリ!!
座布団をならべ 膳の位置をたしかめる
仲間が雨の中 摘んで来てくれた秋の野草が花生けに入り 抱えてきてくれた軸が床の間に 「壷中日月長」
紫梟窯のギャラリーが待合に替わる  7時 全員が待合に揃い ろうそくの灯りになれた頃 席入り
 すすきと秋冥菊 お月見団子の白が 十五夜の透き通る銀色の光に呼応し 障子に影をおとす イメージ通りのセッティング 主役の月がままならぬ・・・・
今夜ばかりは お茶を神妙にいただき 後はいつもの茶楽 囲炉裏を囲み  ひとしきり楽しんだ 今年の十五夜でした

          
                                         

わらじ屋のおばぁちゃんのつれづれ日記 05−9

9月23日

 1年のうち こんな気持ちのいい日があったかと思うほど さしこむひかりはキラキラ輝き 坂道を一気に下る自転車に 境内の玉砂利に 松の緑の影さえ清々しく くっきり美しい今日の陽射し どの人も顎をあげ やわらかい光に包まれ すべて元気 ぜんぶが気持ちいい 大きなおおきな袋に この風と光をとっておきたい
「 お父さん 今日はオートバイに最高やね 」 もう出かけたろうな 私まで嬉しくなる
主人は 夕べは町内の役員会 大きな声で 丁寧に 真剣に説明する主人の声が台所まで聞こえてきた
結婚して いつ頃からだろう 「 何事も十年先を考えて・・・」 が主人の口癖
手元・足元しっかりやってれば同じこと 今が楽しくなくっちゃーと 辛抱のいる時 若かった女房は不満を胸に いや腹に思って過ごしたものだった でも今は しかり と納得している
よくよく 考えると 彼の言っていることが理解でき それが賢明で 今それをしなければならないことが判ってくる しっかりデーターを持ち 十年先 町内の各班が高齢化しゆきづまり その時になって次の人が困らないように 次期町内会長に申し送り事項を残さない と 本気でやっている
何をするときも主人は同じ姿勢だと このごろやっとわかってきた
私も 「町内会長なんて 前の人と同じようにしてればいいのよ」 なんていったけど
役員のみなさん 本気になって考えてみて!!

9月10日

 秋というのは 何だかむしょうに寂しげになるもの 暫くぶりに下の息子が東京から帰ってきた 案がなく家中大喜び 1年に1度 2年に1度の親孝行に父親の相手をしてくれ 主人も何だかウキウキしていた
夕飯は気持ちよくペロリと平らげ 年寄りくさかったテーブルが若やぐ 二晩の予定だったろうに おまけにだろう 三晩目の朝 帰っていった
家にいれば あとかたずけができてないの 散らかしっぱなしよ と機関銃のように叱っていたのに 殊勝に夜具を押入れなんぞにかたづけ お父さんといっぱい楽しんでナ! じゃな! 
車 気をつけるのよ と 坂道の下 左に曲がる車に手をふる 体も丈夫 仕事も順調 かわいいガールフレンドもいる 有りがたくうれしいことばかり なのに なんだか泣けてきた
洗濯物を干しながら 少しすずしくなった風に マツムシ草がゆれていた うす紫の花をみていたら 急に母に会いたくなった 
母を 南風園から ドライブに行こうかと出かけ 吹屋町の家で甘いものを食べ  お互い自分だけで話を繋ぐようなおしゃべりだけど 3~4時間はあっという間 喜んでくれる母に 「遊んでくれてありがとう また来るからね」 と握手をした 携帯がなった もう東京に着いたようだった

           

9月4日

 厚い日差しの中 ジーツとしていた境内のみどりを風が 秋ですよー すぐ寒くなるよー と横丁のおしゃべりおばさんのように さわさわしている  風鈴をかたずけた
あさつき会で植えた 鉢植えの朝顔 まだ一輪も咲かない じきはずれの青い朝顔咲きそうなつぼみが1つ
つるをいじりすぎたし せっせと肥料もやったな 水あたりするほど朝晩 茂った葉がくす玉のよう 
毎朝 鉢を眺め アラ アラ と 子育てもこんなようなもんかな 余分な手を出されなかった子がすくすく のびのびそだつんだろう 苦笑いをしている
柏の木のねもとの紅い水引 しゅうかいどう ほうずきの実も紅い 秋色になっていた

わらじ屋のおばぁちゃんのつれづれ日記 05−8


8月26日

 ミナミノモトマ どんな字を書くのか知らないけれど馬瀬村のゴッドばーちゃんだったことは確かである
友人は 田舎の昔からの呼び名 屋号 だと言っていた
そのモトマが私の友人の姑である 代々続いた家名を無くすわけにはいかないと結婚してもガンとして名前は変えず 室町から続いた400年という自分のルーツを 馬瀬1番の墓に守り通し 一人暮らしも楽しく  ガンに見舞われた最後も 家で迎え 日差しも風もそよぐ自分の家で嫁に見取られ 見舞った私に友人のこと  この子を仲よう宜しく頼む 折角来てくれた馬瀬の湯に浸かっていかれよと いい顔をしておられた 
まだ 元気な頃 馬瀬の花火大会 交通整理のおまわりさんに 「ミナミノモトマのところへ」というと 横に振っていた紅い棒が真っ直ぐ行けと通してくれた 
あれから 何回目の花火大会だろう 今年も友人の車で出かけた
花火見物 特等席 馬瀬川に架かる橋の上に寝転び 空から降りかかるように見物する 夜空を彩り 山にこだまし 心地よく響き渡る音をたのしみ 最後は金糸の束をいくつもうったような 黄金色に包まれた
 特等席の近くにある ゴットばーちゃんの墓にありがとうと手を合わせ スルスルと家路についた 
あれだけの見物客が来るのに 香具師や出店は入れず 滞りなく 凄い数の車をさばき 馬瀬村の衆の心意気に関心し 「昔から 萩原女と馬瀬男 っていうけど なんで?」 運転しながら友人 「いい 男ってこと!」
鮎供養の馬瀬の花火大会は  ゴッドばーちゃん・ 早くに逝った友人のだんなさん・馬瀬の花火を大喜びしてくれた私の義父 なつかしく いい人達の供養花火 生きてるものの極楽でした  
写真どころでは ありませんでした

8月21日

 随分前 夏の高校野球 泥んこの球児達の甲子園決勝戦で泣くほど感動した決勝戦があった
あの 感動をもう一度と 延長引き分け延びた決定戦を見ることにした
お盆が過ぎてもまだあっつーい高山 テレビの前に座った
白いアンダーシャツ スラリとした腕 取り出してはハンカチで丁寧に汗をふき ボールをにぎる指もすんなり
若い首筋 大人になる前の男の子にも 美しい時があるものだ
静かに息をし 最後まで球威は変わらず なんだか 幼い頃より 芸を教え込また舞踊家のソロ舞台をみているよう  若い頃の市川雷蔵を思い出した
キャッチャーとバッターが横に並ぶように見えた ベースぎりぎり 真っ直ぐな線になる 息をのんだ
凄いことをサラリとみて テレビのスイッチをきった
 夜のニュースで 斎藤君の涙の顔を見て ホッとした 
                     

8月17日

 今年も 殿様トンボがきてくれた 暖簾をくぐり ひとやすみして帰っていく 毎年待っていることを知っている主人は 「きたぞー」 と 店のお客さんの言伝より大事に報告してくれた
逢えなかったけど 縞々の美しい立派なトンボのようで ほっとした
お盆が過ぎ 八幡様の放生会で 元気な若い鯉を宮川に放した 今年はまだ暑い
1年に1度の 朴葉寿司を作る 裏庭の西の角  夏のこの日の為の朴の木がある
日も高くなった 10時近く 葉を取りかけた 恐ろしいほどの蟻の襲撃 美しい葉があるのに取らせてくれない
いつも 主人にたのむと 朝早く 寸法揃えたような美しい葉が台所のカウンターに置いてある
一人の台所で 「ありがとな」 と米を砥ぐ
台所までついてきた兵隊蟻を いきおい潰した 今日ばかりはつまんで庭に放せばよかったナ
友人の愛犬が行方不明になったことを知った  ヒッツFMや市民時報でも探している様子の4日目
いつも こだまのようなメールがまだ返ってこない あの夫婦の心配 えらいことだ
老いた赤兎が 帰り道を失い 助けてもらい 泊めてもらったあの寒い夜のことが思い出され 川に入って救ってくれた高校生家族のこと あれから2年静かに生きてくれ さよなら出来た私の幸せに感謝したお盆でした

                  

8月7日

 月おくれの七夕様 あさつき会のおばさん達も 80本の笹を調達し 八幡様で短冊のお払いをすませ 表参道から 宮前橋 日下部の橋まで 笹飾りをした さらさらと風にそよぐ赤や黄 薄水色の短冊はいいものである
厚い夏の日に照らされた笹は 懐かしい神岡金木戸屋の笹巻き羊羹の匂いがした
スペインからのお客様はドクター 3年勉強したという日本語を見事に使いこなし 短冊にはひらがなで 名前をカタカナで 笹につるし足取り軽く今夜の宿へ そこでも 目一杯日本語の実地練習 まことに楽しそうな旅の様子 
ドクターの学び方 わずかの時間わらじ屋で遊んだ間に 初めて聞く言葉をいくつメモしていたことか
支払いが新札 「 ピン ピン 」 の響きに 顔がほころび 「手の切れるような 札」 をローマ字でメモ
遊びに来ていた友が そんなこと教えないの!!に笑い出した バルセロナへきたら バレンシャへ 是非  「いきたいで~す」友の大きな声
                                              
8月2日

 隣の百日紅の赤い花 いよいよ夏 とはいえ 高山は暑さも寒さも やってくる時はいずまいを正しシャキッとやってきていた  このごろは 梅雨もあけたよう・・・から ずるずるとして あの季節の移り変わる時の ときめきがない    陽気も世相もなんでもあり みーんなよしになっていく
夏休みになってから 朝 本当にわるそうなカラス達のこえで目が覚める
3日目「あんた達 夕方からでしょ!!」 と どこにいるのか見たいけど 睨まれるとこーわいカラス 確かめずにいる
セミの声に 北山を見上げたら なんと ひまわりの花 いつかはこの土手で黄色い大きな花が いっせいにお日様を追っかける夏になるのだろうか
 
庭の黄色の花 紫の花 夏椿があの羽二重の白い花の色を忘れず  来年も咲きますように・・・
子供の頃 涼しい風に 午睡から覚め  何ていっていたか思い出せないけど  いつも母の声
 やさしく心に思われる夏 遠い 遠い 夏の日のこと 

          

わらじ屋のおばぁちゃんのつれづれ日記 05−7

7月23日

 同級生などといっても 遥か 遥か昔のこと 目じりには年の数 髪は経年変化しているのに 会えばとたんにあの頃に返る   いや あのころよりもっといい もっと素敵な仲間達である
夕べは 無事定年を迎えた仲間の  ささやかなお祝い食事会 50代半ばの出向でワンステップがあり軟着陸の定年で 劇的な変化でのダメージは受けず 仕事から解放され 朝の目覚めは 格別のことだろう
ひとつ彼には 大きな課題がある ハードな仕事の合間の休みは 家と母親は妻のものと大きな勘違いをしたまま 大好きな山登りに出かけていた 半端でなく 人生仕事以外は山のことしかないようだった
相棒は お父さんが働いてくれるお陰 おとうさんが無事お勤めできるように いい気持ちで朝出勤しますようにと 全てを飲み込み過ごしていたことなど つゆしらず  女房が涙と辛抱で硬く守り抜いてきた城へ意気揚々と凱旋 そう思っていたのに違いない
社会で どえらい大きな敵と戦い 難題を乗り越え クリヤーしてきた男共は 体を休め 本腰を据え 狭いピッチの中で 愛すべき敵? と 交戦するすべをこれから学ぶことだろう
彼がこれから 首をかしげ 理解に苦しむようなことが シャワーのように降り注ぐ中で 女房がベースキャンプを守っていたことをわかってあげてほしい
真っ直ぐで ピユアーな山男 と 明るくて賢くたくましい女房  見ていて飽きないいい夫婦 これからもっといい夫婦になることだろう

今夜の5人の仲間がいつも こうしておられるのは 中に一人知恵者がいるおかげである
賢く 辛抱強く とにかく周りを明るくしてくれる そして彼の家族の守り方は完璧 尊敬に値するものがある
こんな仲間がいることがうれしくて誰より運がいいとおもう
そして 今夜も いつも ずーと一緒 お互いのこと知らないことはない友 
  彼女に 「本当に ありがとう これからもよろしくネ!!」  ちょっと照れくさくさくていえないけど
帰り道 雨の上がった夜空と宮川のいつもより早い流れのいきおいに 大きな声で言えたような気がした

7月13日

今日の店番は主人 1週間程前に作った梅シロップに氷を浮かべる すっきりと暑気を忘れるいい味
明るい雲から夕立のような雨 ムシムシと漂っていた風を一気に吹き飛ばした雨に庭の緑が膨らんだ午後
赤や紫の花が散ったあとの 半化粧の白 つり船草の黄色がくっきり美しい
ぼんやり庭を眺めていたら 幾人かが みぎっかわの頭の辺りをかすめた
この庭のどこに繋がっているのか わけもなく 妙に懐かしいような気がした
偶然なのか必然なのか 人と人は不思議なえにしで関わっていく 家庭や職場で 学校であったり地域であったり 自分の置かれた場所に自分の居場所を作るために努力し 周りの人との微妙で快適なスタンスをとり
共存し 相手を壊さず 自分も埋もれず 意識はしないけれど自分を守る術 人は誰もが備えている総合的な能力 それはコンピューターがどんなに進化しても入り込めない領域だろう
 どうしているかは風に聞くだけの子だけれど  いつも気に係る子等がいる まっすぐで いい笑顔の娘さんだったのに 自分の居場所が作れず スタンスがとれず バランスが取れないんだろう 埋もれないようにあがいて落ち着く場所がないのだろう そして きっと周りの人もどうしてあげていいのかわからないのかもしれない
もうすぐ 梅雨が明ける
 あの子達にも 夏空のもと おもいっきり汗をかき 精いっぱい仕事をし ぐっすり眠る そんな快感が味わえる 梅雨明けがきっときますように・・・・・ 
                                 

7月2日

最近はスタッフや先生とのおしゃべりが結構楽しく 車椅子もうまいもの それいゆの暮らしにも慣れた母 「さぁ 今日は家に帰るよ」 「うれしいー」 と 久しぶりに母の家で二人で過ごす 
子供に返るとはいうけれど 生来の明るさではあるが あの頼もしくしっかり者の母は 幼ない頃はこんな風に素直な可愛い子だったんだろう
 ちょっと手伝えば 「ありがとう」 話をすれば 「ほんとー」 話相手をしていると楽しくて 笑ってしまうことばかり 時々には現役母になり 「ハーイ」と私は子供に戻る
気丈に生き 確かなときから少しやわらかくなる頃 母も真剣 私も本気で叱った 悲しくて切なくてこの先どうなるのかと案じた 母の働いている姿しか見ないで大きくなった 今は母の顔を見ながらはなしをし 母のすることをゆったり眺めながら 「いやー 上手にできたねー たいしたもの」 などといいながら 本当に母娘二人の時を過ごす   この時期 老いた親を叱らずにこんな楽しい日を過ごせることを こころからありがたいとおもい 世話をしてくださるスタッフの方々に感謝した
 全てを子育てに費やしたあと 万全の準備をして老境を過ごす母に 「たいしたもの」といったら 「ほんとー」
とニコニコしているいい晩でした  あと何回こんな晩が過ごせるか思えば胸がいたくなるけれど・・・・・

  
 「 ほら 靴下をはかんとー 」     「ほんとー」

わらじ屋のおばぁちゃんのつれづれ日記 05−6

6月22日

 < 忘れられないこと > 年のせいかそんなに多くはない 以外と 主人や子供のことというのは画像で思い起こせないのが不思議 頭の中 胸のあたりに鮮明によみがえるのだけれど目に浮かばない
子供の頃の可愛い笑顔もしぐさも 成長とともに上書きされ アルバムでワープして思い出す
ところが 確かに鮮明に思い出し目に浮かぶシーンがいくつかある
笠谷のテレマーク・原田の2本目のジャンプ・ボクシング畠山のKOは実に美しく あの時 あの場所でとまってしまっているからだろうか 今でもしっかり思い出す
2試合済んだサッカーワールドカップ  日本のゴールの期待は勿論だけれど どうしても見たいものがある
 ジーコ監督のガッツポーズ ジーコ監督でのサプライズ 両の拳を高々と天にした監督の姿が忘れられないシーンになるのを見たいものだ サッカーのために 日本でのサッカーのために尽くしてくれた人の輝く姿を
世界に何人といない優れた人が それぞれの人が持っている力を信じ辛抱強く 応援し育ててくれたジーコジャパン 研ぎ澄まされた精神力の集合に感動の奇跡がおきることを・・・・ 明日

6月14日

 かるがもが江名子川に・・・・ 今朝はカメラを持ってウオッチング
いました いました 八幡様の鯉の池から引越しをしたあのかるがもの親子に違いないと思う
1.2.3.4・・・さがしても 7.8羽めが見つからない このあいだ 境内をでたばかりのところで災難 グレーチングの隙間から落ちたあの雛 一番うしろを必死についていっていた どこかで力尽きてしまったのだろう
わらじ屋の店の前 塀の尾根を 皮のたるんだようなきじ猫が足元も見ずのっそり歩いている 
よもや オマエが手にかけたのでは・・・・ と見ていたら向こうの小屋根にひょいと飛んでおりた
気にかかっていたかるがもの親子の無事がわかったいい朝でした
今日のわらじ屋のお客様は ニューヨークからのフレッシュカップル  とてもかわいい奥さん 児童心理学のプロフェツサーには思えない 
窯に興味があり 紫梟窯に案内した 笹屋のあじさいのおも菓子 今朝窯出したばかりの抹茶椀で一服 高山でのハイライトと とても喜んでくれ 私も主人も嬉しくなる
京都で 1000人もの学者さんたちを前にしてのスピーチ そのための来日 それこそハイライト!!

      
こんなに大きくなってましたよ

                                 
6月3日

 急に影がなくなり まっすぐな日差しが暑いほどの土曜日 もうどれくらい前からわらじ屋を訪ねてくださるようになったのだろう いかにもふくふくとしたいいお顔のご主人とボーイッシュできりっとした奥様 岐阜あたりのようだけど いつも ちょっとサンポ のように寄ってくださる
前回ミニダックスの子犬に振り回され 可愛いけれど鳴くのと噛むのと 寂しがって一時も離れられず往生しておられた様子 そのダックスがおとなしくいい子して抱かれ 初めての私達にもおっとりとしたものである 学校に通わせたのか 寄宿舎にでもはいったのかと驚いた
特別なく おおきくなるうち学習した様子 犬は飼い主に似るというけれど ホント!! 
そのダックスが家族になってからの話が面白い かわいくて かわいくて そこいらのゲージにいれて預かってくれるドッグホテルでは心配なのだろう 安心して遊べ しっかり預けられ 飼い主も楽しめる そんなドッグランドを造ってしまわれたそうな
犬好きにはたまらない話 早速ネットで見つけた 
ゴールデンウイークには4000人もの来園者があったそうだ 犬を連れている人はみな嬉しそうないい顔をしていますねといっておられた 私もいつもそう思う  ワンちゃん大好き 我が家のエビスも かっわいいー

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このダックスちゃんですよー  ほんとにいーい子でーす